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津山の天文家★

こんにちは。

8月30日の山陽新聞井原市美星町のスペースガードセンターで発見された小惑星に「矢掛本陣」の名前がついたとのニュースが紹介されていました。

さすが、全国初の「光害防止条例」を施行し、天文の町としてならしている美星町井原市)です。

 

しかし星については津山だって負けていません。

今日は津山にゆかりのある2人の天文家を紹介します。

一人目は世界的にも有名な新天体捜索家の多胡昭彦さんです。

多胡さんは、神戸から津山に移り住み、仕事をしながら天文観測を続けてこられました。

30歳を過ぎて、1968年にC/1968多胡・本田・山本彗星を発見、以後2012年までに3つの彗星と7つの新星を発見しています。(国立天文台より)

また、新星の発見だけでなく、2006年にはカシオペア座付近での天体のマイクロレンズ現象(光が急に明るくなること)も発見・発表し、天文家の間で脚光を浴びました。

多胡さんは、津山の自宅に天文台を自ら作り、新しい星を発見しています。

都市化が進んだ津山で21世紀に入っても新しい星を発見されたことは本当にすごいことだと思います。

多胡さんは1996年からは美咲町(旧柵原町)のさつき天文台の運営にも携わり、天文学の普及に尽力をされました。

 

2人目は小槙孝二郎さんです。

小槙さんは1903年津山市内で生まれ、岡山師範学校の在学中に天文学を学びます。

1926年には津山基督教図書館が設立された際には天井に大きな星座の早見表を設置しました。

その後、和歌山県に生活の拠点を移し、教職をしながら生涯にわたって2万を超える流星観測を行なうとともに、「日本流星研究会」を設立し日本だけでなく世界の天文家との交流をする先駆者となりました。1957年には人工衛星観測班をアメリカのスミソニアン大学の呼びかけで結成し、その業績から国際地球年委員会から表彰もされました。

 

日本の天文界の中でも津山の方が活躍されてきたことは本当に嬉しいです。